当たり前ではないこと

皆様  おはようございます。
祥衣です。

まだまだ暑い日が続いていますが、少しづつ日も短くなり秋の気配を感じられる様になってきています。
蝉の声もツクツクボウシへ、空も高く流れる雲も入道雲からすじ雲へ。
今年もライオンズゲートを過ぎ活動的なモードから1年のまとめに向かって進んで行きます。迦音的には宮島への感謝参りに向けて心も身体も整えて行きます。
先日、関西在住の迦音で学ぶ皆様とご一緒する機会を頂きました。
ご参加くださった皆様、遠路はるばる時間を合わせて集ってくださり、ありがとうございました。雨予報でしたが、大きく崩れることもなく会場でも沢山のお心遣いをいただいて大きく時間オーバーして使わせて頂きお陰様で和やかに迦音ワールドを展開させて頂くことが出来ました。会場のそばには「頂法寺・六角堂」
がありました。迦音にもご縁の深い聖徳太子様  縁起の古刹です。
スタート前に会を開かせて頂くご報告とご挨拶をさせて頂きました。
茶話会での会話の中で、ご高齢の方達が色々な事をすぐに忘れてしまうとの話が出ていました。
お話を聴きながら、確かにそうだなとも思うし、年齢に関わらず私自身にも言える事だなと思いを巡らせておりました。
都合の悪い事や自身の中で日常になりすぎてありがたい事だと感じる事を忘れている事は、まだまだ沢山あって、思い出しては忘れを繰り返しているように感じます。刻印行は私の今生でのテーマでもあります。

熊野から帰ってから、朝、目覚める事の有り難さもそのひとつだなと改めて感じています。

「今日も目覚める事ができた…」との思いをゆっくり味わいながら深く深呼吸を繰り返し身体中に感覚が巡っていくのを感じる様にしています。
目覚める事が出来るという事は今日出来る事があるという事!
誰かが生きたくても叶わなかった今日を喜ばしいことも、悩むことも味わいながら大切にいきたいと思います。

最後までご覧頂きありがとうございました。

富沢祥衣

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