不便からの学び
皆さん、こんにちは。 迦音アンバサダーの南条真凪です。 今朝の中村天風さんの一言です。(一部抜粋) 「真理は厳しいもの」 真理は峻厳にして侵すべからず。間違った生き方に対する正しい心構えが万一にも用意されないと、たちまち、事実があなた方に反省を促します。その反省を促す事実とはいかにと言えば、病なり不運なりです。 現在の私です。 限界まで突っ走り、急にパワー不足になることが去年から続き、自分が疲れて助けを求めていることに気付けず体調を崩したり作業を止めることになることが度々あります。 まだ大丈夫と言う過信が良くありませんね。 毎回またやってしまったと反省しますが、徐々に早めにストップができるようになっています。 皆さんも何か違和感などがあった際には早めに一旦立ち止まり、ご自身の内なる声に耳を傾けてくださいね。 先日、大学時代の友人とランチをしました。 前回はいつ会ったのかお互い記憶がないほど期間が空きましたが、会えば数日前にも会ってたのでは?と思うほど違和感なく話し始める私達です。 友人とは入学式の翌日の初めての授業で出会ったのですが、夏休みと春休みには必ず二人で旅をしていました。 私の学生時代は今より旅がしやすく、燃油サーチャージもなかったため気軽に海外に行けたため韓国、オーストラリア、シンガポールなど今となっては貴重で贅沢な経験が身近にあったことに感謝ですね。 二人で当時を振り返っていましたが、25年ほど前はもちろんスマホはありません。 旅行を決めるには旅行会社に行き、パンフレットを貰って窓口で申込を行っていました。 今はネット申込が可能なので便利になったものです。 Wi-Fiもなかったので海外に着いてからはガイドブックで調べるか身振り手振りでホテルのデスクか道行く人に聞くしかなかったため知ってる英語で必死に会話をしたのも良い思い出です。 今は何でも調べることができるため旅のスケジュールを立てやすかったり、事前に情報が入った状態で旅ができるため効率よく過ごせるのはメリットですが、当時のように迷子になって歩き回ったり現地の方に助けて貰ったり冒険のような怖いもの知らずな旅もまた楽しかったねと友人と話していました。 AIも進化し、便利なツールも増えております。 私ももちろん活用しておりますが、たまには従来の方法を使い手間が...