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こんばんは!陽万莉です。
桜もすっかり散ってしまって、新緑が視界に飛び込んできますね。
義父がまたまた入院してしまい、
色々考えさせられてる今日この頃です。
義父のサポートをしつつ、自分が大病した時に、自分にとって最良の選択できるかな、とか、自分の身体と内なる声に耳を傾けられるかな⋯と。
義父も、病気発覚から、とにかく何が良いとか悪いとか、判断するまもなく、ここに行き着いてる様にみえるのです。
でもそれって当然だよな、だって自分が病を患うなんて夢にも思ってない生活してたもんなぁ⋯と思います。
自分は大丈夫!と思ってる人ほど、大丈夫じゃない想定をしてないから、大丈夫じゃなかった時、不具合が生じた時に、めちゃくちゃうろたえますよね。速攻たおれちゃう感じ。
でも、いつも最悪を想定しながら用意してる人は、いざっていう時に練習してるから強いですよねぇ。
義父も病気になる想定をして、健康でいれるお稽古をしていればと、心から思ます。
あと「病と戦う」って言葉、よく聞きますけど、病って戦うものなのかな?
と思います。「在る」と認めることと、自分の身体に向き合うチャンスと捉えたほうが良いんじゃないかな、と個人的には思います。
だって、病だって自分の体の一部なんだもん。 自分の身体が生み出したものなのに「戦う」って変ですよね。
なので美怜先生がいつも仰る「調和」とか、「愛に気づくチャンス」というワードの方がしっくりきます✨️
義父もしっかりと、この機会に自分身体の声をきいて、「在る」ということをしっかり踏まえたうえで、病と共に生きてほいと思います。
最後まで、お読みいただきありがとうございます❣️
瀧井 陽万莉
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